大正の姫路

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    筆者:高橋 秀吉 著
    発行:駟路の会
    版年:昭和49年(1974年)
    カテゴリ:しらさぎ文庫
    頁:228p.
    サイズ(縦×横):22×15cm
    その他:平成28年度(2016年)図書館デジタル化推進事業
    備考:著作権者のご好意により、複製権及び公衆送信権の許諾を得て、公開しています。(姫路市立図書館著作権許諾番号 NO.15-2)
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    故 清瀬一郎氏のことば

    目次

    はじめに 一、明治修理後の姫路城

    二、姫山公園

    三、城南練兵場 四、兵営

    五、埋立てられた中濠

    六、活動写真館のはじめ

    七、総社の臨時祭

    八、臨設の第二白鷺館 九、総社遊園地

    一〇、姫路駅前通 一一、豊太閤の銅像

    一二、姫路神社

    一三、姫路駅構内の出征見送り

    一四、大正時代の軍人橋 一五、城南練兵場での産業博覧会

    一六、姫路城の内曲輪(うちくるわ) 一七、国道以前の中濠

    一八、西国橋

    一九、豪華な民家の本町通

    二〇、本町東望の軒並み 二一、西魚町の中濠

    二二、西魚町の大銀杏 二三、福中町への抜け小路

    二四、俵町の銀行建物 二五、昔の竪町の時計店

    二六、上堅町の江戸建物

    二七、漆屋の板看板 二八、とみやの焦げ看板

    二九、中堤の松並木 三〇、中濠の公設市場の足もと

    三一、亀の甲橋 三二、城の鬼門堤の取払い

    三三、後尺橋 三四、西魚町の福島楼

    三五、『松之湯』浴場

    三六、姫路藩牢獄の址 三七、船場川のドンド

    三八、西塩町の善教寺 三九、新身町の善福寺

    四〇、白銀町の西教寺 四一、白銀町 四二、中堤

    四三、西塩町の民家 四四、十二所神社

    四五、お菊神社前の大正風俗 四六、お菊神社の木像

    四七、帆立松(ほたてまつ) 四八、元の十二所前通 四九、市中にあった藁屋根の民家

    五〇、十二所の宮西の船場川 五一、高尾橋

    五二、高尾橋から北望の船場川 五三、南町にあった警察署

    五四、大きかった鯉のぼり 五五、豆腐町の大正時代

    五六、外濠上の山陽電車 五七、光源寺 五八、光徳寺

    五九、忍町『靄楽園』

    六〇、久保町の鉄道立体と長畝(ながうね)川 六一、国鉄姫路駅の西側

    六二、駅西の黒垣道 六三、忍町の火除不動

    六四、外濠埋立の小路 六五、オバノキ社

    六六、船場川の合流点 六七、光源寺前の区裁判所 六八、南畝町の家さまざま

    六九、馬車道終点 七〇、南畝町東裏北望

    七一、南畝町大小路の西望 七二、大将軍神社

    七三、雲見橋ありき

    七四、汽車と電車の立体交差 七五、交番所

    七六、大正のモダン長屋 七七、延末の大歳神社の松林 七八、猫山

    七九、夜泣地蔵

    八〇、鞍田神社 八一、亀山の吉野松 八二、亀山女学校

    八三、寛延洪水供養碑 八四、小山遺跡 八五、三和山

    八六、三和の松林

    八七、生矢神社 八八、手柄山の自然岩塊 八九、芝原の春日神社

    九〇、孫太郎稲荷社 九一、三左衛門堀

    九二、北条の旧市川 九三、片倉丸ト組工場址 九四、阿保橋

    九五、阿保河原

    九六、市之郷の礎石 九七、市川鉄橋 九八、市川橋

    九九、日之出町以前 一〇〇、地蔵院前の旧国道

    一〇一、九所御霊天神社 一〇二、大日堤の松林

    一〇三、日本毛織工場 一〇四、フエルト工場

    一〇五、昔の市川の名残り 一〇六、昼着堂の址

    一〇七、竹之門外の馬車道 一〇八、京口門址 一〇九、ガスタンク

    一一〇、外濠と馬車道 一一一、下寺町の士族屋敷

    一一二、日ノ本女学校 一一三、久長門外の町並み 一一四、五軒邸の大墓地 一一五、五国橋

    一一六、正明寺の旧宝物

    一一七、北条口 一一八、元の市役所 一一九、外濠と東温泉

    一二〇、光源寺 一二一、中野時計塔

    一二二、二階町で大石棺身 一二三、綿町で菊花園

    一二四、郵便局と電話局 一二五、泉町

    一二六、姫路駅操車場 一二七、東平(とうへい)橋 一二八、総社遊園地

    一二九、公設市場 一三〇、伝播磨国府址

    一三一、姫山公園 一三二、二重内濠の堤松

    一三二、陸軍病院 一三四、東屋敷の大松と柳

    一三五、総社門址 一三六、野里門址

    一三七、紅屋の門 一三八、紅屋の土蔵の八つ窓

    一三九、橋之町裏の中濠の曲がり 一四〇、但馬街道だった竹田町 一四一、生野町にあった昔の店屋

    一四二、ノコギリ型の町並み 一四三、大正造りの農家

    一四四、日吉神社の森 一四五、西中島の水車 一四六、昔の但馬街道

    一四七、城北練兵場と特科隊兵営 一四八、大日あたり

    一四八、大日河原 一四九、大日堤の馬車道

    一五〇、大歳社の森 一五一、東洋紡績工場

    一五二、五十年前の保城 一五三、保城山の下の市川

    一五四、砥堀の街道 一五二、昔の土蔵

    一五六、馬車道碑の大正写真 一五七、試し斬りの松の名残り

    一五八、素麺瀧 一五九、白国の巡礼道

    一六〇、増位の花畑 一六一、白国の梅林

    一六二、伝説の人見塚 一六三、白国の大池

    一六四、白国神社 一六五、増位山随願寺

    一六六、随願寺の本堂内 一六七、榊原忠次藩主の墓

    一六八、男山の別荘 一六九、男山旧景

    一七〇、山野井町 一七一、池田彌七こんろ 一七二、清水門前の清流

    一七三、御茶屋池のあと 一七四、御茶屋への引入川の石

    一七五、白川社西裏の船場川 一七六、八代の農家

    一七七、八代を流れる大野川 一七八、南八代の長屋門

    一七九、旧制の姫路高等学校 一八〇、旧城北村役場

    一八一、梅ケ谷峠旧景 一八二、奥平野の御輿塚(みこしづか)

    一八三、広峰神社の馬駈け

    一八四、八代の大野川一八五、八代の大歳神社の山

    一八六、姫路師範学校

    一八七、伊伝居と船場川

    一八五、但馬道と産業道路(野里新道) 一八九、新在家から南望

    一九〇、大野川の終点 一九一、景福寺の旧本堂

    一九二、景福寺の西側 一九三、秩父山の名残り

    一九四、八丈岩山から見下ろし 一九五、男山に古寺の礎石

    一九六、城の中堤の松並木 一九七、見性寺の洪水供養碑

    一九八、今井酒造の旧景 一九九、吉田町の民家 二〇〇、竜野町筋の家

    二〇一、船場川岸の旭館 二〇二、小松屋の看板

    二〇三、船場元町の中山家 二〇四、西新町の長い屋根

    二〇五、姫路商業学校二〇六、日出線

    二〇七、西部耕地整理 二〇八、中地の清水地蔵

    二〇九の一、井の口の旧河あと 二〇九の二、土山の旧景

    二一〇の一、荒川神社の祭絵馬 二一○の二、西庄の古墳

    二一一、岡田遠望 二一二、岡田の溝川

    二一三、竜田紡績発祥地 二一四、辻井の民家

    二一五、旧草上寺の礎石

    二一六、辻井の生矢社の森 二一七、高岡の陸軍射的場

    二一八、御立前山

    二一九、前山からの北望 二二〇、姫路にも石舞台はあった

    二二一、田井の河原と橋 二二二、上手野を見下して

    二二三、今宿と下手野を見下す

    二二四、高岡神社と蛤岩 二二五、大庄屋の邸地

    二二六、旧高岡村役場 二二七、今宿街道とたんす屋

    二二八、御子岡前の牛市場 二二九、車崎の道端の井戸

    二三〇、薬師山の碑と墓

    二三一、旧種畜場 二三二、下手野の一里塚

    二三三、青山の道しるべ 二三四、奇僧住みし寺

    二三五、妻見が丘の遺蹟 二三六、稲岡神社

    二三七、山田峠 二三八、飾西の本陣址

    二三九、教福寺の大平戸 二四〇、田井と書写の河原

    二四一、東坂本は昔の宿屋町 二四二、西坂本の日吉神社

    二四三、天神山と床坂峠 二四五、刀出の固寧倉

    二四五、円教寺の参道

    二四六、摩尼殿下の礼堂 二四七、十妙院の客門

    二四八、二代目の一本杉 二四九、円教寺の三つ堂

    二五〇、書写山の奥之院 二五一、峰相山鶏足寺址

    二五二、元の出雲街道 二五三、旧城下町の林田町

    二五四、大日寺の五大石仏 二五五、丁の石棺橋

    二五六、宮田の民家 二五七、国鉄網干駅と電車

    二五八、津の宮の高鳥居 二五九、津の宮の神官邸

    二六〇、下太田廃寺の礎石 二六一、長太郎邸址の土台石

    二六二、漢詩人河野鉄兜の邸址 二六三、網干野菜 二六四、弁慶の担い山

    二六七、大津茂川 二六五、瓢塚(ひさごづか) 二六七、下余部の八木邸の門長屋

    二六八、津市場の専称寺の石棺 二六九、網干川の昔

    二七〇、余子浜の旧民家

    二七一、網干の新在家の民家

    二七二、赤レンガの網干町役場 二七三、慶応の銘のある境橋

    二七四、丸亀藩の蔵の門の名残り 二七五、大覚寺の伽藍と国宝軸

    二七六、龍門寺前の松並木

    二七七、大江島の古風な街なみ 二七八、仏性寺と長松

    二七九、勘兵衛新田

    二八〇、広畑の六つ角

    二八一、広畑の平地帯

    二八二、京見山 二八三、夢前川の河口

    二八四、英賀の漁景 二八五、新旧の才崎橋

    二八六、旧八幡村の蒲田河原 二八七、西蒲田の下り松

    二八八、東蒲田の家並み 二八九、東蒲田の誓願寺

    二九〇、英賀保の山崎 二九一、国鉄英賀保駅付近

    二九二、元県社の英賀神社

    二九三、英賀薬師の森

    二九四、歌野の清水

    二九五、英賀本徳寺の跡

    二九七、今在家の展望

    二九八、津田の細江 二九九、思案橋のあたり

    三〇〇、飾磨津の街々三〇一、敷紡は元の福紡

    三〇二、県下一の小学校 三〇三、恵美酒の宮

    三〇四、御幸橋 三〇五、大正の飾磨川

    三〇六、海水浴場の休み屋 三〇七、海水浴場の跳込台

    三〇八、湛保の遊廓址 三〇九、湛保の出入口 三一〇、玉地の昔

    三一一、元の警察署 三一二、マッチ型列車の飾磨港駅 三一三、明治の辻便所

    三一四、高浜松原 三一五、阿成の市川堤 三一六、阿成の早川神社

    三一七、山電の市川鉄橋 三一八、吊橋以前の歩道橋

    三一九、妻鹿の永世橋 三二〇、妻鹿駅北の旧景

    三二一、妻鹿城址の功山 三二二、妻鹿御旅山の展望

    三二三、御旅山から西望 三二四、御旅山から南望

    三二五、妻鹿の旧勝間邱 三二六、妻鹿の寺々

    三二七、妻鹿の固寧倉 三二八、妻鹿の民家 三二九、これが大正の妻鹿海岸

    三三〇、野路菊の西限界 三三一、松原八幡と祭

    三三二、白浜町旧景

    三三三、松原から糸引の北原への道 三三四、白浜町中村 三三五、宇佐崎の河野家の表側

    三三六、入浜式塩田の名残り 三三七、八家川河口

    三三八、木庭山からの北望 三三九、的形概観

    三四〇、八家地蔵

    三四一、小赤壁 三四二、珍らしい板橋

    三四三、磯の中村家 三四四、的形海岳寺

    三四五、的形の圓光寺 三四六、湊神社

    三四七、大塩概要

    三四八、大塩天満宮前の広場 三四九、日笠山のぼたん桜

    三五〇、西大塩の電車と浜街道 三五一、右が高砂、左が姫路

    三五二、元印南郡の別所 三五三、六騎塚

    三五四、仏心寺の石棺の石塔 三五五、姫路の雙が丘

    三五六、桶据山

    三五七、別所の天川堤 三五八、御国野町概念

    三五九、御着延命寺と大歳神社 三六〇、御着の街道町と旧本陣跡 三六一、御着城址

    三六二、黒田家墓所

    三六三、一里塚 三六四、天川の暴れん坊 三六七、深志野部落

    三六六、国分寺部落 三六七、三つの名古墳

    三六八、天川橋

    三六九、播磨国分寺 三七〇、四郷地区概観 三七一、山脇の旧国道

    三七二、溺死菩堤の碑 三七三、山脇の道しるべ

    三七四、印鐸神社 三七五、山脇の首つなぎ仏

    三七六、元取山 三七七、見野の薬師堂の礎石

    三七八、見野の古墳群 三七九、東阿保の百穴 三八〇、絶壁の跳込台

    三八一、東阿保の松林堤 三八二、阿保橋の大正のころ

    三八三、糸引地区概観 三八四、東山焼の址

    三八五、紫金山興禅寺 三八六、失せゆく田園情景

    三八七、痛まし王塚の発掘 三八八、見下ろした北原旧村落

    三八九、北原南の旧道の名残り 三九〇、仁寿山校址 三九一、河合寸翁の墓地

    三九二、兼田の石棺仏 三九三、花田地区概観

    三九四、一本松の市川渡場址 三九五、一本松河原公園址

    三九六、市川鉄橋と人道橋 三九七、村境の標柱

    三九八、岐れ道 三九九、勅旨と加納原田

    四〇〇、小川の橋と地区 四〇一、小川の定額寺

    四〇二、古き皮革の本場の高木

    四〇三、飾東地区の概観 四〇四、佐良和の才徳神社

    四〇五、庄山城の址 四〇六、庄のねじり松も失せた

    四〇七、豊国の大松群も全滅 四〇八、意地悪るの天川

    四〇九、春日野の古墳群 四一〇、塩崎の崩土

    四一一、痛まし清水地蔵 四一二、山崎の堤の松並木

    四一三、八重畑界隈 四一四、小原とその以東

    四一五、旧神南地区概観 四一六、豊富概観 四一七、生野橋とそのあたり

    四一八、改めて思う巴松の壮観

    四一九、砂川堤の奇観 四二〇、岩屋の毘沙門天

    四二一、日本化薬工場 四二二、馬弱らせた坂 四二三、太尾への馬車道

    四二四、重国の河岸段丘 四二五、酒井の焼堂

    四二六、太尾城址 四二七、太尾の鍵形の馬車道

    四二八、山田地区概観 四二九、牧野の古墳はどうなった

    四三〇、多田の大古墳と礎石 四三一、船津町概観 四三二、西光寺野と馬車道

    四三三、三所八幡社

    改めて著者のごあいさつ

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